その3これで、会うのは最後にしようと思っての旅行だった。あかねはボストンバッグを持ち、初めて乗る路線の電車に揺られていた。 窓の外にはのどかな海の風景が広がっていた。 学生服を着た高校生くらいの男女が、おしゃべりしながら乗っていた。 「あの子たちから見たら、私はどんな風に見えるのかしら?さびしいOL一人旅かなぁ?」 そんなことを思いながら外の風景をぼんやり見ていた。 海の匂いがしていた。 海沿いの町の小さな駅に降り立った。 改札を出ると佐藤が出迎えてくれた。 今日は佐藤の別荘にやってきたのだ。 あれからほどなくして、佐藤からあかねに電話があった。 「山本さんていう方からお電話です。」そう取り次がれても、山本という名に心当たりはなかった。 「佐藤です。元気でしたか?今度出張でそっちに行くんだけど、食事でもいっしょにどう?」 驚いて「え?」と声をあげてしまった。先輩が怪訝な顔をしてこちらを見ている。 酒の席での冗談だと決め付けていたあかねにとって、佐藤が本当に電話してくるとは予想外であった。 「あ、はい。行きます。」自分でもびっくりするくらい素直にOKしてしまった。その時はまだ、佐藤のことを男の人というより、会社の偉い人という捉え方をいしていた。平社員のあかねからしたら役職で言ったら、雲の上の人である。 ホテルの中のレストランで食事したあと、「僕の部屋に寄って行かない?」と誘われた。食事の時に飲んだワインのせいか、少し頭がぼーっとしていた。断れなかった。 佐藤の部屋のベッドの上で二人で並んで座っていた。 佐藤の手があかねの胸元に入ってきた。 今までのどの男の人よりも優しい愛撫だった。 身体の力が抜けて行くのがわかった。 「ね、いいでしょ?」佐藤の目がそう言っていた。 あかねは佐藤に身を任せた。身体がとろけそうな愛しかただった。 若い男にはない、優しい指使い。あかねが付き合ったことのある男はみんなあかねと同世代だった。佐藤はあかねより20歳は年上だった。そんな年齢差を感じさせないほど、佐藤はたくましくひきしまった身体の持ち主だった。 それから3ヶ月に一回は佐藤からの電話があった。 そのたびにいつものホテルで待ち合わせをして会った。 若い男にない、優しさと包容力にどんどん惹かれていった。 妻帯者と会っている。それは十分に承知していた。 でも、不思議と後ろめたい気持ちにはならなかった。佐藤はただ若い女を抱きたいだけなんだということが、あかねにはよくわかっていた。 それと引き換えにあかねは佐藤と会話することが楽しくて仕方なかった。 会社のトップと近い人物の裏話は刺激的でおもしろいものだった。 そして、あかねの恋愛相談にも佐藤はまじめに答えてくれた。 恋愛相談..... その頃、あかねは遠距離恋愛してる本命の俊夫と、全然タイプではないのだが、あかねに猛烈アタックをしかけてくる直人の間で揺れていた。 俊夫はあかねの気持ちにはあまりこたえてくれず、いつもあかねをやきもきさせていた。 直人は正反対で、すぐにでも結婚したいと迫ってくる。 俊夫と別れて、直人とくっついてしまうか、それとも直人を追い払って、俊夫への気持ちを貫くか、どちらにしたらいいか迷っていた。 佐藤はあかねを「さすが年長者」とうならせる答えをあかねにいつも与えてくれた。 だから、たとえば、この関係が佐藤の妻にばれたとしても、一向に構わないと思っていた。 だって、お互いに愛情はないのだから。ただの肉体的関係。そんなふうに理解していた。 朝、漁船のエンジンの音で目がさめた。 窓の外にはゆったりとした静かな海が広がっていた。 あかねは昨日佐藤の別荘に来て泊まったのだ。別荘といっても作りはしっかりしている。リタイアしてから住むつもりで建てたものらしい。 昨晩、佐藤は自宅からかかってきた電話に辟易した様子で答えていた。 どうやら、佐藤の子供からの電話だったらしい。 一人で静かに片付けたい仕事があるからと言って、家をあとにしたらしかった。 わずらわしいのは嫌だった。もうあかねの心は決まっていた。 「会うのはこれで最後にしたいの。」 海を見ながら佐藤に言った。 ジャンル別一覧
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